浦風ちゃんのようなロリおかんに甘やかされたい

これは最近気が付いたことなんだけど、どうやら自分は90年代末期から00年代初期の映像や音楽にとっても弱いらしい。

youtubeなんかでその時代の映像を見てると、幸せだったあの頃を思い出して涙が止まらなくなってきちゃうんだよね。いや今も変わらず幸せだけどさ。

たとえばデイリーヤマザキの「夢を見ましょう」ってCM。ちょうどカーチャンが出勤していく時間帯にやってた記憶があるんだけど、そこから連想ゲームで「あの頃は裕福だったなぁ」とか「トーチャンは正社員で甲斐性あったなぁ」とかに繋がってしまう。

そもそもの歌詞が泣けるもんね。「夢を見ましょう 一つ見ましょう」の「一つ」に反応しちゃうもん。あぁ…一つでいいんだ…小さな幸せでいいんだ…って。そうなるともう鳥が飛んでくるだけで泣けてくるもん。今この文章書きながらダラダラ泣いてるもんね。これホント。

それからHITACHIの「この木なんの木」の00年代初期版なんかもかなり威力が高い。トーチャンと歌ってた記憶があるんだものこれ。

これだっていい歌詞だよ。CMでカットされてる部分まで合わせて聴くと「これこそ人生じゃん…みんなに見守られて人は大きく育っていくんだよ…人が集まって新しい未来が作られていくんだよ…なんだよこれCLANNADかよ…」って。

思えば自分は恵まれた環境で育ってきた。友達はあたたかいものだと思ってた。大人は厳しくも優しいものだと思ってた。他人を罵倒するなんて考えられないことだった。底辺の世界なんてそれこそ創作の世界のものだと思ってた。

こういうこと言うと、画面の前でこれを読んでいる上の世代の皆様なんかは「たった20年かそこらの短い人生の中で全てを知った気になるな!甘えるな若造!人生が辛く厳しいのは当たり前だ!」って言うと思う。最近それに疑問を持ちつつある俺氏がここにいるんだけど、それはまた別に機会に。

非常にまとまりがなくてあっちこっちに飛ぶ文章だけど、つまり何が言いたいのかっていうと、

浦風ちゃんみたいなロリおかんに甘やかされたいんじゃぁ^~

浦風 通常絵

浦風ちゃんに褒められたい。浦風ちゃんに慰められたい。浦風ちゃんに毎朝優しく起こしてもらいたい。浦風ちゃんが愛情たっぷり込めて作った手料理を食べたい。浦風ちゃんに思いっきり強く抱きしめられたい。浦風ちゃんに全てから守ってもらいたい。浦風ちゃんが全てを管理してくれるなら自由なんてなくていい。

ってことであって。

浦風ちゃんを想うと肩の荷が降りて気持ちが楽になるんだよね。それこそあんまり肩が軽すぎて天国まで飛んで行っちゃいそうになるくらいに。

要するにだよ、誰かに存在を認められたいんだよ。底辺から這い上がろうとする自分のたいして凄くもない努力を。それから、そもそもの「底辺から這い上がろう」っていう考え方を。

今想うとドキドキプリキュアってのは素晴らしい作品だったと思う。リアルタイムで視聴してた頃は「なんだよ何がマナ様だよ。新興宗教かよ。女の子同士でドキドキする話が多いのは評価するけど」ってくらいにしか思ってなかったけど。

ドキプリの百合百合しい面々を見習ってさ、現代を生きる日本人はもっと愛の言葉を叫ぶべきなんだよ。1ヶ月に一回くらいで良いからさ、ただ一言のちょっとしたリップサービスさえあれば、自分のような無能底辺だって希望を持てるんだよ。傷の舐め合いなんて言ってられないんだよ。

僕は何よりも精神論が大嫌いなのです。しかしですよ、今の僕は精神論が心に刺さるお年頃なのですよ。真っ直ぐな精神論が心に染みるお年頃なんですよ。斜に構えるより純粋でいたいお年頃なんですよ。

そんな自分が悔しいんですよ。まだまだ大人に反発していたいんですよ。それが自分のアイデンティティだったんですよ。

明日の朝の俺氏がこの深夜テンションで書いた支離滅裂な文章を読んだら枕に顔埋めてジタバタするんだろうなぁと思うと楽しみで楽しみでしょうがない。

あと俺提督の嫁は時雨、養子は朝霜であるわけで、むしろ浦風ちゃんは母港の肥やし状態だったりする。

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