俺、ブロガーだけど正直感情が無くて全てが滑稽に思える・・・

そもそも僕はブロガーを名乗ってもいい人間なのか、そもそもブロガーの定義って何よ?そもそもブロガーって言い方くっせえええええええええ!っていうのは置いておくとして。

2chにこんなコピペがある。

18 : 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします [] : 2013/02/14(木) NY:AN:NY.AN id:Qm9QaLSN0 >>10 スペック 俺 中学生、(14.6才) 趣味、特になし(最低限の情報を知るため新聞やニュースをみるが) 感情、無し 小学生六年生から周りが馬鹿らしく感じ感情が薄れて行く 今はほとんど残っていない 機会みたいなものだ 冷たい自分をみると悲しくなる

俺、中学生だけど正直感情が無くて全てが滑稽に思える・・・ - ゴールデンタイムス

読むとこっちが恥ずかしくなるような内容だけど、きっと画面の前でこれを読んでいる皆様にもこんな時期があったはず。もちろん僕にもあった。周囲がみんな馬鹿に見えて、誰よりも成熟してる俺TUEEEEEEE!みたいな。

友人にこんなことを言われた。

「マスタちゃんはいつも笑ってるだけで、怒ったり泣いたりしないから何考えてるかわかんない」

友人はよく笑い、よく泣き、よく怒る人だ。よく言えば感情が豊かとか感受性か高いとか、悪く言えば情緒不安定とか、そういう言い方をするんだと思う。

対して僕は泣くことも怒ることもない。よっぽど追い詰められない限り不安感とかも感じない。もう上のコピペみたいな感じ。流石に感情がなくて機械のような…とまでは行かなくとも、人並みに喜びや悲しみを感じられないっていうのは確かだ。

これは決して厨二病じゃない。

ただし劣等感、焦り、危機感、悩み、そういうのはちゃんと感じられるみたいだから、完全にすべての感情が薄れているわけではないらしい。そもそも薄れていたらこんな記事書かないって。無感情、無感動に悩んでいるからこんな記事を書いてるんだよ。

友人が「アニメを観て泣いた」なんて言っているのを見ると羨ましいなーと思うし、その点何があっても感動せず、何があっても現実感を感じられない僕は損をしていると思うし、そう思うと焦りも感じる。あれ?なんだよちゃんと感情あるじゃないか。

それでも僕は、たとえ家族の誰かが亡くなったとしても、絶対に泣くことはないと思う。たとえそれが育ての親である祖母であったとしてもだ。いや別に「嫌いだから早く死んでくれ」とか思っているわけじゃなくてだ。

ためしに「無感情 原因」でググってみたら、こんなのが出てきた。

以下の言葉を口に出して言ってみてください。 言いにくい言葉や言葉につまる言葉を、あなたは心の底で感じているのかもしれません。 ・あぁ辛い、苦しい、疲れた ・もう辞めて、もうたくさん ・どうせうまくなんていけない ・どうせ私なんて愛されない ・自分はなんて弱いんだろう ・自分はここにいてはいけない ・あいつが憎い ・私を大事にしなかったあいつが許せない ・あぁムカつく ・いなくなればいい ・死ね ・本当は認めてほしいな ・本当は愛されたかったな ・本当は抱きしめて欲しかった ・あぁ寂しいなぁ ・一生懸命頑張ったなぁ ・もうゆっくり休みたいなぁ ・休んでいいよ ・私だけは自分が頑張ったことをしっている ・今まで頑張ってくれてありがとうね ・あなた(自分)のこと大事に思っているよ ・いてくれてありがとう 言ってみて何か感じることはあったでしょうか? そう、決して何も感じていないわけではないのです。

感情がない理由と無感情の状態から感情を取り戻す方法 - こころにまるを

流石に口に出しはしなかったけど、それでも心の中で読んでみた。上から順番に、「あぁ辛い、苦しい、疲れた」「もう辞めて、もうたくさん」って。

そうして読んでいくうちに、「本当は抱きしめて欲しかった」あたりから心の底がじんわりと変な感じになってきて、お?これは泣くんじゃないか?頑張れ!さぁ泣け!なんて読んでたんだけど、「いてくれてありがとう」まで読んだところで心の声。

「これで泣くの?メンヘラかよwwwwwwwくっさwwwwwwwかわいそうな自分に酔ってんのかよwwwwwwその顔で?きんもーwwwwwwお前ほど愛されてる人間なんてそういるもんじゃないのにwwwwwwwお前ごときを愛す人がかわいそうwwwwwwwww」

おぉ、それもそうだったな。僕は愛されてる。十分すぎる程に愛を受け取った。みんなに認められてる。あと今までの人生の中で頑張ったことなんて一度もないし、この一連の言葉に反応する要素なんてこれっぽっちもないじゃないか。ん?あれ?

心の声、お前が犯人か。

僕が何か思うたびに、その考えを否定してくる心の声。こいつが何か言うたびに、僕は「そうかそうだよな」と納得し、自分の意志で自分を否定し続け、しまいには無感情無感動な人間になってしまったわけか。

僕がまたかつてのように喜びや悲しみ、怒りを心の底から感じられる人間になるには、この心の声を倒さなきゃいけないのか。何かあるたびに「○○しなければならない」と命令してくる心の声を。最近では「今は喜ばなければならない」とまで命令してくるこの心の声を。

強敵すぎるんだよなぁ。

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