都会で一人暮らしを初めて2ヶ月が経つけど、大人に「社会を舐めてる」って言われちゃった

3ヶ月くらい前、碓か2月の頭くらいに「田舎から人がいなくなる理由がわからない田舎者たち」っていう記事を書いた。

若者が都会に出て行くのは、単純に田舎には魅力が無いってだけで、仕事があれば田舎に残ってくれるなんて単純な話じゃない。それを田舎の大人達は一ミリも理解していない。今の田舎なんて、優秀な人間がみーんな都会に出て行ってしまった出涸らしでしかない。僕だって出涸らしに魅力を感じるような物好きじゃないぞ。だから青森を捨てるんだ!

要約するとこんな内容だったと思う。

あれから3ヶ月、放送開始前の深夜アニメがとっくに最終回を迎えるだけの時が流れ、僕が仙台での一人暮らしを初めてから1ヶ月と20日の時が流れたわけだ。その間に色々と心境の変化があったりなんかしたので、それをここに書き記しておこうと思う。

 

一人暮らしって鬱にならない…?

実家に居た頃から家では部屋に引きこもりがちで、両親と会話しない日が一週間以上続くこともあったので、一人暮らしで孤独感を感じることなんて無いだろうなぁなんて思ってたらそれは大間違い。

今は休みの日がひたすら苦痛に感じる。地元に居た頃から友達は少なかったし、休みの日は一人で遊んでたはずなのに、どうしてか今は孤独感とか閉塞感を感じる。一軒家からアパートに引っ越したから、なんか閉塞感とか感じちゃってるのかな。

今はひたすら人とのコミュニケーションを求めてる。誰かとコミュニケーションを取らないと気分が沈んでくる。だからって友達と遊ぼうにも、類は友を呼ぶで出不精の貧乏人ばかり友達にしちゃったおかげで、誘いに乗ってくれる可能性は限りなくゼロに近い。そのうえ彼女は地元に置いてきちゃった。

友達と会うとテストステロンの分泌量が増えるなんて研究結果があるらしいけど、逆にひたすら友達と会わないせいでテストステロンの分泌量が下がってるんだろうかねぇ。で、テストステロン量の減少は倦怠感、鬱に繋がるわけで。

あんまり不安だからホスファチジルセリンなんて買っちゃったよ。ホスファチジルセリンってのは、コルチゾールがどうたらこうたらで、抗精神薬的な効能を持ってる物質ね。

 

トドメに大人からの厳しい意見

そういう鬱々とした毎日を送っているうちに、前述の「田舎から人がいなくなる理由がわからない田舎者たち」って記事にこんなコメントがついた。

名前:通りすがり : 投稿日:2016/05/08(日) 19:11:03
 
通りすがりの千葉でコンサルやってる者です。 はっきり言って君は社会を舐めてる。 君みたいな理由で都会(私は仙台も田舎だとは思うが)に出てくる若者は自分が思い描いていた都会像と現実とのあまりの違いに地元に戻るのが落ちだよ。 残念ながら君も田舎者なのだよ。

う…うわぁ。「はっきり言って君は社会を舐めてる。君みたいな理由で都会に出てくる若者は自分が思い描いていた都会像と現実のあまりの違いに地元に戻るのが落ちだよ」だってさ。コンサルなんて虚業で生計立ててる分際で偉そうに…なんて思わないでもないけど、言ってることは間違ってないと思う。正しくもないけど。

 

んっほおおおおお!社会prprprprpr!

じゃあ思いっきり舐めてやろうじゃないの。このクソみたいな虚像の資本主義社会を、閉塞感カンストしてるってレベル通り越してる日本社会を。

なんなら言うけど、今まで言及してこなかったけど、艦これの攻略記事とか書いてた関係で言えなかったけど、実は今この文章を書いている僕は18歳だ。文章の幼稚さ、思考の未熟さで、だいたいの人は気が付いてたと思うけど、僕は未成年なんれしゅううううううう!

このブログがスタートしたのは2013年の9月だったと思うけど、あの時の僕は15歳、高校一年生だった。15歳が偉そうにこんな記事とか、こんな記事とか、こんな記事まで書いてた。

そして今の僕は18歳。しかも大学生なんかじゃなく専門学校生。中学校の授業をまともに聞かず、宿題の一つも提出せず、高校は私立底辺高校で、当然大学にも行けず専門学校生。どうだ!一気に発言から重みが消えただろ!

 

僕は田舎者だよ?それがどうしたの?

「残念ながら君も田舎者なのだよ」って、そんなの当たり前じゃん。生まれも青森育ちも青森、初めての引っ越しはつい1ヶ月と20日前のことだ。それまでずーっと青森ぐらし!田舎者なのも当然なんだよなぁ。

それが嫌で、このまま田舎者な大人になっていくのが嫌でこっちに出てきたんだから、今の時点では別に田舎者でもいいじゃん。

 

思い描いていた都会像は当たってたよ

仙台に来る前に思い描いていた僕の都会像。まず人間、社会のルール、システム、その他諸々が先進的。そして若い人が多い。皆活力に満ち溢れている。保守的な人が少ない。無能が少ない。退廃感がない。

これは全部イメージ通りだった。あの忌々しき青森の大地に満ち溢れていた寂寥感、退廃感、陰鬱で保守的な空気、これがぜーんぶ感じられないだけで気持ちが楽だし、学校を卒業した後青森に戻っちゃったりなんかしたら、きっと周りの人間が不快で不快でどうしようもなくなると思う。

今は平日が楽しくて楽しくて仕方が無い。勉強が面白くて仕方が無い。ガチ勢だらけのゲーセンに通うのが面白い。青森の低俗な本屋には置いていないような本を立ち読みするのも楽しい。ロードバイクに乗って通学する時間さえ楽しい。

仙台の街はどこもかしこも綺麗で、人も良い人ばかり。きっとこれから更に友達も増えて、入ってくる収入も増えて、孤独感を感じることもなくなるはず。

 

と、思うじゃん

一つ問題がある。彼女を地元に残してきたことだ。

彼女は僕が青森に帰ってくることを望んでいる。彼女は今青森での生活が充実しているらしい。同時にどこか都会を嫌っている節がある。おそらく都会っていう混沌とした空間への恐怖感とかじゃなく、現状を変えることを恐れているんじゃないかな。

僕は彼女の幸せを望んでいる。同時に自分の幸せも望んでいる。彼女と過ごす時間は楽しい、でも仙台での生活も楽しい。なんなら僕は東京へ行きたい。日本の中心であり頂点でありスタンダードである東京での生活に憧れている。

彼女のこの記事を読ませたら、きっと「じゃあ捨てていいよ」と泣くと思う。あの人は別れることを「捨てる」と表現したがる。僕と彼女は対等な存在であるはずなのに。

あるいは「一緒に東京に行こう」なんて言い出すかもしれない。誰よりも自己犠牲精神が強いあの人のことだから、きっと青森での充実した毎日をぶち壊してでも僕に付いてくるだろう。

僕は彼女の幸せを壊すことを恐れている。だからあの人にこの記事は、このブログは絶対に見せられない。そして2年後には青森に帰らなければならない。

青森に帰ってしまったら、これから取得するであろう資格達は無駄になってしまうんだろう。またあの退廃感、寂寥感、保守的な大人達に嘆き続けなければならないだろう。僕自身はそれで良いにしても、次の世代はどうなるよ。

そういう自分の将来を、社会をベロベロと舐めつつ考えていくスタイル。いつか社会を舐め尽くして昇天するその日まで、僕は悩みからも苦しみからも逃れられないんだろうな。

じゃあ耐性でも付けてみるか?

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